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「マタンゴ」本作は人間の深層に迫る厳格な人間劇でもある。円谷英二はサポートに徹する。妙なる掛け合いだ
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「マタンゴ」マタンゴの森のセット。人間大の着ぐるみを如何におぞましく恐ろしく見せるか。本多は苦心した
 
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「マタンゴ」太刀川と水野久美の妖艶シーンを演出する本多。エネルギッシュなアタックに水野も気圧され気味
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「マタンゴ」マタンゴに冒されていく太刀川寛の鬼気迫る演技は抜群だった。太刀川といえばまず本作だろう

『モスラ』の成功

田中友幸、本多猪四郎、円谷英二による東宝SF特撮路線はおおむね高稼働を示していた。子供たちの長期休暇期間である春、夏、冬にはSF怪獣映画が登場するローテーションが確立されていく。昭和36(1961)年の夏休み期間に封切られた『モスラ』は、以後製作される怪獣映画路線の新たな指針を定めるものとなった。従来の作品はおおむね怪獣が現代社会にもたらす恐怖を根底に敷いていた。人類対怪獣、怪獣の破壊描写のスペクタクルが売りだった。ファンタジックな風味や笑いを誘う描写はあまり盛り込まれず、娯楽性を追求する映画とは述べづらい部分も若干あった。『モスラ』は違う。怪獣スペクタクルがもちろん映画の売りではあるが、それと同等の比重でファンタジー性も打ち出される。個性味豊かな、一方的な悪役には据えられない怪獣を創造し、破壊活動に意思を持たせた。現代社会への主張も込め、どうすれば観客に楽しんでもらえるかを大命題に据えた映画作りが進められた。『モスラ』は諸人を対象とした大娯楽大作映画となった。後の本多怪獣映画、本多SF映画のカラーをあらためて方向づける映画となった。この種の映画の商業的価値を高めたばかりでなく、本多の娯楽映画志向が直線的に表出し、職業監督として種々様々な映画を撮ってきた彼の作家性の打ち出しにもつながった。ここで映画監督・本多猪四郎は完成したとも映る。