画像2
「へそくり社長」河村黎吉の急逝を受け、「三等重役」では人事課長だった森繁が社長に出世しシリーズを続行
画像1
「夫婦善哉」森繁と淡島の初共演作品。豊田四郎監督の代表作にして、日本映画史に残る傑作として名高い
 
画像4
「社長三代記」松林宗恵監督の手腕により14年間に全33作品も続く長寿シリーズに成長。加東大介が加わった
画像3
「続 へそくり社長」社長シリーズは正・続篇を同時に撮影し、2ヵ月ずらして上映するスタイルを確立した

芸達者たちが揃い踏み豪華レギュラー陣

各地でロケが敢行され、ご当地映画としても名高い“駅前”シリーズでは、お馴染みの出演者たちの職業や、舞台となる土地の設定は毎回替われども、登場人物の性格や関係性、そして名前もたいていは同じものが用いられて作品の統一感が保たれていた。また、長きにわたって展開された映画黄金期のプログラム・ピクチャーならではの多彩なゲストも見どころのひとつだった。

森繁久彌

役名:森田徳之助ほか
大正2(1913)年、大阪生まれ。学生時代から演劇の道を志し、いくつかの劇団を渡り歩いた後、昭和14(1939)年にNHKのアナウンサー試験に合格。戦後は新宿のムーラン・ルージュに入団し、コメディアンとして研鑽を積む。昭和25(1950)年から出演したラジオ「愉快な仲間」が好評を得て、人気タレントに。同年には新東宝『腰抜け二刀流』(監督・並木鏡太郎)で映画初主演も果たした。東宝では後に“社長”シリーズへと発展する『三等重役』(1952/監督・春原政久)や、森の石松役の“次郎長三国志”シリーズに出演。淡島千景と共演した『夫婦善哉』(1955/監督・豊田四郎)で実力派俳優としての名声を決定的なものとし、同年に日活で撮った『警察日記』(監督・久松静児)も高く評価される。